ビットコインの地政学的文脈
〜資源→金融・情報へと移る戦略空間〜
金のようなリスク退避資産としてビットコインが認知度を得始めているように見えます。バブル時に注目・失望した投資家も、その価格水準の復活について解釈をしようとしているように見えます。
地政学リスクという単語がよく見られるようになった昨今で、これらはどのような文脈から観察するべきでしょうか?
本文の結論を先に書きますと、
①ビットコイン・暗号資産はドルの決済ネットワークと衝突する
②ビットコインは資源国を有利にする性質があり、地政学的影響を生む可能性
③大手テックなども含め、オフショアを利用する需要はそのまま暗号資産の需要となるのではと予想
です。では、詳しく述べていきます。
「地政学」とは第一次大戦後にイギリスのマッキンダー博士から始まった議論であり、冷戦期においても、国際情勢の形成に強い影響を与えてきました。その根本的な発想は、「地理的資源と軍事力・コストの関係を整理する」というものです。
まず、「大戦略 (grand strategy)」という概念を先に導入すると話が早いのでこれを説明します。ある国家のような政治体が生き残ろうとする際に、政治体を防衛する能力と、その防衛能力を維持する能力(資源配分の能力)が必要となります。
防衛する能力をどう使うかが軍事戦略とよばれ、さらにこの軍事にどこまで資源・お金を配分・維持するかといった部分まで含めた戦略を大戦略といいます。
地政学が生まれる前までは、孫氏の『兵法』やクラウゼビッツの『戦争論』が戦略家の間で読まれ議論となっていましたが、これは軍事戦略に着目するものであり、大戦略に関わる部分は捨象されていました。
地政学とはそういったより広範な資源の使い方である大戦略に関わる議論を整理するものです。では、最初にどのように整理されたのでしょう?
産業革命前、イギリスやスペインなどの海洋国家が圧倒的に強かったのには理由がありました。船は陸上の馬やラクダでの輸送と比べて、圧倒的に輸送コストが安く、世界中の資源を効率的に集める能力を国家に提供したからです。
しかしながら、鉄道が発明されたことにより、この差はいきなり縮まります。
資源のほとんどは圧倒的に大きいユーラシア大陸に集中していると仮定すると、もし、大陸の中心の資源を鉄道でアクセスできるようになれば、そちらが圧倒的に強くなります。徐々に沿岸部の海洋国家の領域も駆逐されるでしょう。このユーラシアの核となる部分ハートランド(ウクライナ〜中央アジアらへん)をドイツやロシアに独占させてはいけないので、海洋国家は介入する必要がある。これが第一次第戦後に初期に建てられた地政学であり、このように大戦略が整理されました。
当然海洋の独占も危険なので海洋国家同士も衝突する運命であり(マハン理論)、この結論からアメリカは日本を排除するための圧力を強めていきます。
第二次大戦後の冷戦時にはユーラシアの核であるハートランドが実際に大陸国家であるソ連に占領されてしまったので、これを海洋に出さないように封じ込めるべきだというリムランド理論がアメリカ内で提唱されました。(ケナンのX論文+スパイクマンのリムランド理論)
実際、そのとおりに、海洋部(ベトナム・エジプト付近・パキスタン付近)へのソ連のアクセスを排除しようという動きとなり、それがベトナム戦争、中東1〜4次戦争、アフガン紛争です。
封じ込めの成果があったのかソ連は崩壊したため、これが正しい理論だったという雰囲気になり、冷戦期と同じくブレジンスキー博士という人物の主導のもと、引き続きハートランド・リムランドへの介入は続きました。それが旧ソ連地域で工作された「色の革命」であり、ウクライナでの介入・衝突は最も激しいものになりました。
これらの封じ込め紛争の際に、アフガン・パキスタンなどで基軸通貨ドルが現地で使われたことには非常に多くのアドバンテージがありました。(詳しくは『Ghost War』参照)これらは既存の理論では、クラウゼヴィッツにおいて”戦略の摩擦の削減”という形で副次的なものとして処理されていたものですが、あまりに重要であるため次第に大戦略上の重要事項になっていきました。
この長いスパンの間で2つの点が大きく変わりました。
①大陸国家の勢い
②資源の価値
です。
故に地政学は風向きを変えられ、それまでの地政学は「古典地政学」と呼ばれるようになりました。その後の影響力の強い戦略書として、
①『文明の衝突』
②『ソフトパワー』
③『超限戦』
そして
④『帝国以後』(エマニュエル・トッド)
などがあります。これらは地政学の議論でありながらも、古典的な地政学の影響が少ないものです。
『文明の衝突』で宗教の紛争発生源としての危険性が、『ソフト・パワー』で文化・主義思想の戦略的価値が協調された点は、イスラム国関連地域への西側有志連合による空爆が起きたことで、ある程度あたっている予想と考えさせられます。超限戦では非民間の戦略空間をサイバーや金融にまで拡張して考えることが提案されています。
総じて言ってこれらは物理的な資源から金融・情報へ大戦略への焦点を変えることを提案しています。
『帝国以後』では、米国の2050年までの衰退と地域大国化(各地からの軍事撤退)が予測され、これは現にブレジンスキー氏が死去した後、トランプ政権下でこれは行われていると言えます。
この本の中核として、
”米国は各国に駐在させている陸軍を維持できない”
というのが重要な点でして、
”陸軍を現地で維持できること”は”ドルを現地で流通させること”かなりイコールに近いと考えて良いため、この予測はそのままドルの地位の低下の予測と考えられます。これは陸軍は海軍空軍と違い、占領能力と警察能力があり、現地の経済や取引に介入することができるため、特別な扱いをする必要があることに由来します。逆に言えば、そこまでコストを払ってドルの地位を維持してきたわけです。
ガスプロム(ロシア)やロスネフチ(ロシア)が2014年の反米気運の強かったドイツとエネルギーの売買の決済をする際、決済通貨はドルです。この決済に米国は強く介入できるほど、コルレス領域で支配力(口座の凍結力)が強いと言えます。これはかなりの異様な事態ともいえ、プーチン氏は米国を「ドルの地位に寄生する国」とまで糾弾しています。端的に言ってこれは、金融のIT化によって生まれた現象です。現金を凍結することはできませんが、システム上の口座は凍結できます。
これ故にプーチン氏は異様なほど暗号通貨に興味を示した時期があったらしく、2017年イーサリアムのVitalikと会談し、年末にはロシアはトルコとの大量の小麦の決済でビットコインを使用しました。「ビットコインは決済で使えない」という話ではありますが、この規模だと分からないですね。
資源ナショナリズムとビットコイン
エネルギー資源国は時々、徒党を組んで西側諸国を困らせますが、これは大昔に”メジャー”に買い叩かれていたため、資源ナショナリズムが勃興したことによります。
(この資源メジャーという企業の人達は怖い人達でして、石油の買い叩きのためにナイジェリアに介入してビアフラ内戦を引き起こしたり、2011年のリビア内戦の際にもクーデター勢力から大量の原油を安値で仕入れていることが確認されています。)
基本的に資源は余ってしまえば備蓄すればよいですが、市場への供給をメジャーのような利用側に握られてしまうと選択肢に問題が生まれます。採掘コストをすぐに回収するためには、
①パイプラインと港があり
②供給先に卸せる状況にある
の2つを満たす必要があります。
しかしながら、ビットコインの採掘に火力をすぐに使えるのであれば、エネルギー資源国は上記の2つを満たさずに採掘コストを回収でき、エネルギーは売り手有利な市場となります。これは、今までの地政学的環境を変える要因にもなりうるため、ビットコインは既存金融だけでなく、将来的には多くの資源輸入を必要とする産業にとって不愉快なものになると言えるでしょう。
さらに大きい問題として、資源取引の決済がドルのみでされていることが今まで資源国の立場を弱くしてきましたが、この制限が外されうることも加われば、資源国と米国の関係は大きく変わると言えます。
金融制裁と地政学
マネロンは基本的に日本では犯罪収益移転防止法に違反するものですが、今は、いわゆる「反社」がお金を決済すること全般を指すと言えます。国際金融でいう反社とは、犯罪組織と、クリミア占領時のロ政府関係者のような米国に敵対的行動を取る人間です。
おおよそ、多くの地域で金融機関が国際送金用にコルレス契約をする際には、上記のブラックリストを除外する機関である確認をする必要に迫られます。
よく、仮想通貨プラットフォームで「銀行口座を持てないアフガニスタンの人でも使える決済」などと宣伝されたりしますが、これはそのままブラックリストされた人が使えることを意味します。僕は個人的に次のトリレンマ
「マイニング自由性・送金自由性・反社排除」を提案します。このうち2つを成り立たせるのが限界です。現在FATFは送金を規制することで、マイニングの非中央集権と反社排除の両立を行う方針だと考えられます。もし、送金が自由で、反社を排除したいなら、リブラのようにマイニングをパーミッション制にして、KYC済でなければアカウントを作れないようにする必要があります。もし、3つ同時に成り立たせる方法があればそれはイノベーティブだと思いますし、将来そういうものが出てくると思っています。(トリレンマはだいたい擬似的に解決できる)
リムランドでの紛争の際、ドルがスムーズに使えたことが戦略の摩擦を減らしたのと同様に、決済における邪魔でこのように相手の戦略の摩擦を増やすことができるようです。この前提では、基軸通貨というのは、発行益がそのままグローバルに適用される上、競争相手を邪魔できるという仕組みになっています。これは米国発のPayPalがKYCの責任を現地銀行に押し付けて拡大し、多くの競合決済プラットフォームがその義務に苦労していることからも簡単に察することのできる構造と言えます。
当該ブラックリストはFATFの方針が主な基準で作られますが、FATFが作られたのは1989で、本格的に政治力を発揮し始めたのは同時多発テロ以降2001年。割と最近です。つまりは非常に戦略的に作られた組織と考えてよいでしょう。2009年8月のG20会議で、”非協力国”への制裁を仄めかす決議がされ、現在の対立構造そのものとなっています。
この影響力を除外すると”注目”されているのがブロックチェーンであり、ビットコインでしょう。特に中国のユーラシア横断の物流戦略の”一帯一路”において、ドルでの決済を避けることが、中国のブロックチェーン研究の目的とみてよいと思われます。なぜなら、彼らは国内で何度も暗号資産禁止令を出しているので、国内で使うことを推奨する気はないのでしょうから。
地理は死んだのか?
これは、今の地政学の論壇ではもっとも有名な人物の1人のコリン・グレイ博士が、論文でトピックにしていた課題です。
空軍の力が増していき、サイバー化された戦場の環境をみていくと、戦略において地理的要因は減っていくのか?というトピックです。
先ほどの資源ナショナリズムの件も、パイプラインや港といった地理的要因を無視する手段としてビットコインを想定することができます。
では金融トランザクションにおける地理的要因とはなんでしょうか?主にトランザクションが承認されるのは、各地の住民登録に基づく本人確認が地元に支店のある銀行で行われていることによります。端的にいって、その既存金融の地理依存性を取り去ったものが暗号通貨のシステムと言えそうです。トランザクションの承認に地理的要因がすっぽり抜けている。これは地政学的リスクからビットコインが独立であることも示唆されています。
地政学リスクとビットコイン
ではリスク退避資産として、ビットコインは値上がりしたのでしょうか?
2016年に連邦準備制度は地政学リスクの過去から遡り、数値化を行い始めました。
https://www2.bc.edu/matteo-iacoviello/gpr_files/GPR_PAPER.pdf
これがそのグラフです。
2010年ごろから市場に出回り始めたビットコインはその初期を除き、長期でこの地政学リスク指標GPR-Indexと共に上昇傾向にあると言って良いですが、時系列データなので、単純な相関係数を出すことには意味がありません。
しかしながら、significant relationshipが見られるとの報告が以下にあります。
https://arxiv.org/pdf/1809.03072.pdf
大手テックと地政学
ウェブは最も重要な戦略空間になっていますが、国は大手テックのビジョンや戦略よりも彼らの税収への影響に興味をもっているようです。彼らは各国で大量に消費を生み出しておきながら、全てをルクセンブルグやケイマン諸島、パナマに少額納税しているだけだったりするのです。
彼らの手法は知的財産が課税されないパナマの会社で適当な特許をとり、海外で収益をあげた会社で高額でそれを買い取り売上を0にしたりする方法など、様々な節税を行いますが、彼らの銀行資産はオフショアに全ておいておけるほど小さくありません。
個人的な予想ですが、彼らは資産をチェーン上に持ちたがるでしょう。なぜなら、国家の権限で凍結されることがないので、法的根拠の薄いサービス停止命令や課税を拒否したり、海外への移転を許可なしに行えるからです。主にブロックチェーンは非中央集権の文脈が強いため、大手テックの対抗と見られがちですが、現にスイスに籍を置いたリーブラの発表からも、彼らは「新しいオフショア」としての暗号通貨に大きな興味を持つことになるのではないかと予想しています。