仮想通貨が解決するのは「気分の問題」か?
「ブロックチェーンの使い道はこうであってこうではない」
(アーノルド・ホスキン 2008~2018 )
ビットコインが10周年を迎えたそうですね。僕はこういう記念日がくると、2012年か2013年に「サトシナカモトは望月新一だ」っていう記事が出たときに、ブロックチェーンの仕様を見て、「変なの。望月先生みたいな超人は変なこと考えるんだな」で済ませてしまったことを思い出します。もちろんあのネタの質からしても、そう済ませるのが当然ではあるのですが、その頃からコミュニティに浸かっていたとしたら、今頃センチなカンジでミートアップを開いていたでしょう。
10周年をきっかけに考えたいことが多くあります。
それは結局自分たちは一体何をしているのかという話です。
我々の多くはどこか社会を考えながら、どこか自分たちの利益も考えて分散化のムーブメントに参加するごく普通な1ノードです。
これは多くの創造的な設計者でも同じでしょう。設計して実装して運営しても自分の資産がスケールしないのなら、気分が盛り上がりません。
そして、ブロックチェーンで設立者の報酬やメッセージが最初のGenesisブロックに刻まれたり、コードされているのは、素晴らしいと思います。株式会社の設立の場合、最初にする記念すべき仕事は、税務署への設立届け出を書くことですから。これでは気分が盛り上がりません。
我々がWebを進化させたい・あるいは金融を変革したいと考えるとき、分散プロトコルをそれらのインフラに据えようと考えている時、「信用を生み出す」とされる分散プロトコルの何に着目しているのでしょう?
改竄されないのが本質、ビザンチン耐性が本質、ネットワーク外部性が本質、ウェブのコミュニティが生まれるのが本質、コスト低下が本質、セキュリティが本質。
人によって違いますが、おそらく利点がプロジェクトごとにあるのでしょう。
ただ、ここで一度今までのテクノロジー全般的に存在した共通点とこれらの”本質”が何か関係があるか考えてみます。
文字の発明や火の発明まで遡るのは非常にうさんくさい雰囲気を醸しだすので控えますが、それはそれは便利かつロマンチックなものでしょう。
産業革命以降、エネルギー変換の方法が生まれ、鉄の機械で人間や家畜の力より遥かに大きい力を操れるようになったことで、それで飛んだり潜ったりするようになります。これも無力な自分の身体というリミットを外すという便利さとロマンが、社会の進化を牽引してきたのです。
ここでは創造性が便利さとロマンによって発揮され、市場にインパクトを与えてきました。この仕事が達成される過程において、確実に「ロマン」という気分が介在していると考えられます。
では、「信用を生み出す」とされるだけの分散プロトコルは、なぜ市場にインパクトを与えるのでしょう?
テックはまだ「気分の問題」を解決していない
テクノロジストまでも信用を重要だと考える理由は何でしょう?
効用関数という概念があります。これは結果としての経済的損得に対する満足度のことです。
つまり、100万円損するリスクをなくすことと5500万円の報酬が5600万円に増えることが同じ100万円でも嬉しさ(効用)が違うことを定式化する試みです。
「フォンノイマン・モルゲンシュテルン(vNM)効用関数」とも言われます。
同じ文脈で、確実に100万円もらえることと10%の確率で1000万円もらえることは期待値が同じでも、効用が違うため同じ選択にはならないというごく当たり前の話でもあります。この報酬→効用のマッピングを効用関数といい、この関数のグラフの形には人の性格が大きく反映されると言えるでしょう。
ある意味、vNM効用関数の形に合わせた商品を色々なバリエーション揃えるのが保険会社や金融派生商品の開発会社と言うこともできます。積立などは典型といえるでしょう。
ここで、この効用と信用の身近な例として、次のような言説を思い出します。
「今の20代は飲み会も来ないほど会社を大切にせず、昔の20代の頃は会社にもっと忠実で誠実だった」
ここには、昔のロールモデルとして、会社に長い間所属すると、安定して豊かな生活ができて、温かいコミュニティに受け入れてもらえ、ランクアップしていけるという像が信用されていた時と、予測不能な人材市場とスキルの陳腐化によるストレスを受けながら働く今とでは、同じ給料でも効用が違うという点が存在します。
信用の有無が効用に影響している例と言えるでしょう。
一時ヒットした、神経科学者による著作『EQ こころの知能指数』では、脳の構造を詳細に解説しながら、不安などの情動にハイジャックされた脳は、知性的な仕事をするのに使い物にならないと書いています。
全ての人間がパフォーマンスを上げるには信用によって気分(効用)の問題を解決しなくてはならず、個人的な観測として、Webはこの問題を悪くしていると言えます。いくらでも人材を代替可能にするうえ、他者との比較の情報を大量にもたらします。TwitterもTLの平均年齢が22歳を越えたあたりから、そんな話が凄く増えることになります。
どんな技術革新もこの気分の問題を解決できなかったのは、全員のライフスタイルを変えるような社会の根本的なインフラではなかったからでしょう。
おおよそ全ての国でこの気分の問題は生産活動、創造活動を邪魔していることでしょう。
解決策はボラティリティと過剰流動性
仕事のモチベやQoLの邪魔をする「気分の問題」は定期的にチャンスが個人にやって来る仕組みによって持続可能な形で解決されるでしょう。
昨年のICOブームは多くのプロジェクトの「チャンス」や「夢」が売買され、グローバルな賭け場になった取引所は間違いなくブロックチェーンのキラーアプリと言えました。これはウェブ上における資産移動がブロックチェーンで数秒で行えるようになった、いわゆる過剰流動性によるものでしょう。
大きな変動のある市場は、小さなチームや個人にもチャンスを与えます。
そしてバリエーションの多い市場は各々プロジェクトの効用にあうビジネス・モデルを提供することを可能にするでしょう。
これなら、皆とは言わず少なくとも僕は、「いつかは自分のターンが来る」と信じて過ごすことができます。
この性質を強めるものとして、「富めるプロトコル・貧するアプリケーション」という話があります。
それは、もう出来上がったブロックチェーンの部分に価値が集中して、それを使う部分は最小限が望ましいということです。
富めるプロトコル、例えばEthereumの上にプロジェクトを作るとき、もうその時点で殆ど価値は出来上がっていて、あとはどれだけシンプルでコンパクトな物を社会に提供できるかが鍵となる、という解釈になります。
これは簡単な話、アイディア勝負ということであり、巨大な創造性や技術など必要としない場合が多くなることを示唆したものです。直感的で、創造性を必要としないようなチャンスが個人に到来するなら、気分もいくぶんか晴れるかもしれません。
このチャンスは、分散プロトコルによって銀行口座を持たないひとから、ブラックリストされた人にまで行き届きます。今ではクレジット情報や経歴による銀行からのパージが最終的にあるため、多くの人が”社会”に生殺与奪の権利を握られているように感じ、気分を害しているとも言えます。
反社会的なものへの懸念もありますが、TwitterアカウントとEthereumアドレスだけで匿名でも何回でもやりなおせる社会は、やはり魅力的と言えます。
機嫌のよいWebへ
もし、ブロックチェーンを用いた社会インフラが、最終的に気分の革命を起こしてくれるなら、色んな人がその本質が何と思おうと良い物でしょう。
泣く子もブロックチェーンでくすぐれば笑うとは言いませんが、一度、顧客や身近な人の機嫌をよくできる技術と割り切れれば、不機嫌な今のWebも、物をつまらなくする天才たちも、根っこから自由が大嫌いなクレイマーもそのうち減っていくものだと頬杖ついて眺められるかもしれません。